名古屋高等裁判所 昭和27年(う)665号 判決
弁護人Aの控訴趣意第一点、同Bの控訴趣意第一点の一、同Cの控訴趣意第一点第二点について。
記録を精査し、原判決がその認定の第一の公務執行妨害罪の証拠として挙示した証拠の内容を仔細に検討すると是等証拠を綜合して優に原判示第一の事実を肯認するに足る各論旨は種々の角度から観察して或は被告人に相手が警察官であることの認識がなかつたと謂い或は原判示小田、嶋村両巡査の職務執行終了後の出来事であると論じ、或は又西尾巡査が被告人に対し「紳士なら紳士らしく穏便に話したらどうですか」と発言したのを被告人においては巡査の公務執行としての発言であるとの認識がなかつた等縷々論述しておるが原判決が右第一事実の証拠として挙示しておる証拠を綜合して認め得る事実は正に原判示の通りであつて畢竟千種警察署勤務巡査小田孝二、同嶋村憲幸の両巡査が上司の命により原判示日時場所において警邏中小型自動車が無燈火の儘疾走し来つたのを現認し両巡査は直ちに右自動車の停車を命じ、その自動車運転者木村茂夫及び同乗の被告人に対し無燈火運転の現行犯及無免許運転の犯罪の嫌疑を以て右木村及被告人を取調べた際被告人は無燈火で疾走した区間は百米であつたことを確認せよと要求し、小田巡査が之を拒否するや、被告人は大声にて尚もその主張を続けておるところえ、偶々同様警邏中の同署勤務の同僚西尾、近藤両巡査が通りかゝり、西尾巡査がその状況を見て被告人に対し「紳士なら紳士らしく穏便に話をしてはどうですか」と注意するや被告人は同巡査を突倒したので之を見た小田、嶋村両巡査が之を制止せんとするや更に小田、嶋村両巡査の顔面を殴打する等の暴行を加えたものであることが明白である。
而して右犯行は旧刑事訴訟法当時の犯行であるが旧刑事訴訟法の下において司法警察吏は犯罪の搜査を為し、その他治安維持の為行政上の職務権限を有していたことは論を俟たないところである。之を本件について観るに前説明の通り小田、嶋村両巡査は上司の命により犯罪の防止、摘発の為原判示日時場所において警邏の職務につき、西尾、近藤両巡査も亦同所附近において同様職務についていたものであつて本件犯行の終りに至るまで右巡査四名が以上の如き職務遂行の地位を離れたと認むべき証左はない、加之小田、嶋村の両巡査は前説明の通り警邏の職務に従事中無燈火運転の現行犯を認め更に無免許運転の犯罪の嫌疑を以て被告人及運転者木村茂夫の取調を為したものであるから前者については明かに旧刑事訴訟法所定の現行犯処分を為し得べき場合にあつた如く推認せられる只この場合右両巡査は現行犯処分の手続を執らず一応の取調を為したのみで翌朝本署の交通課長の許に出頭すべき旨告知するに止めたことは明かであるが之が為右両巡査の右犯罪に対する搜査の権限が消滅した訳ではなく依然として之が搜査を継続する権限を有する許りではなく、ましてや警邏中に於ける一般犯罪の搜査その他の職務権限が喪失したものでないことは多言を俟たないところである、斯かる状況の下において右小田、嶋村両巡査の職務執行中之亦その付近において同様警邏中の前記西尾、近藤両巡査が通りかゝり西尾巡査が被告人の言語、態度に見兼ねて前叙の如き注言を為すや被告人は激昂して同巡査を突倒す等の暴行を敢てしたのであるが、警邏中の西尾巡査として同様警邏中の任務を帯び職務執行中の同僚巡査が民間人から大声にて罵倒され同巡査の職務の遂行に支障ある様な情勢を看取した場合警察官としての職務上その民間人に対し一応の注意を与え、同僚の警察官の職務執行を円滑容易ならしめ、且治安の維持を図ることは蓋し当然の職責と謂わなければならない。従つて右西尾巡査の措置も亦警邏中の警察官としての職務行為と謂わざるを得ない。更に被告人が右の如く西尾巡査を突倒す等の暴行を加えたのを現認した右小田、嶋村両巡査が被告人を制止しようとしたのに反つて被告人が右両巡査の顔面等を殴打した事実については最早や多く論ずる迄もないところであろう。蓋し被告人が小田、嶋村両巡査の面前において西尾巡査を突倒すが如き挙措に出でた以上、小田、嶋村両巡査としては搜査官として正に公務執行妨害罪又は少くとも暴行罪の現行犯処分を為し得る筋合であるからである、然るに小田、嶋村両巡査は斯かる現行犯処分を為すを避け穏かに被告人の行動を制止しようとしたのは犯罪の拡大を防止しようとしたのに外ならず、斯かる警察官の行為こそ正しくその職務執行行為と謂うべきである、然るに被告人は自己の右の如き行動を制止しようとした小田、嶋村両巡査の顔面を殴打したのであるから如何なる点から観察しても右小田、嶋村、西尾巡査の職務行為を妨害したのであることは一点疑の余地がないところであるから之を目して公務執行妨害罪とはならないと主張する各論旨は到底容認することは出来ない。